2018年 06月 25日
二度と会えないと思った |
高校生の娘の話です。
朝
寝坊→何度も起こすが起きない
やっと起きたものの、余裕でドライヤー→みていられないので私は2階で仕事を始める
結局娘は出発遅れ→車で送る
戻るとお弁当が机に置いたまま→昼抜きでも死なないと諦める
夕方
バス乗り遅れ
友達の携帯から私に電話
財布なし
時計なし
スマホ充電ゼロ
→帰れない
親、打ち合わせを切り上げ帰宅
→土浦駅西口までお迎え
本人、西口と東口の区別がついておらず
東口で待つ。
親は西口で待つ。
流石におかしいと思った親が東口にいくと西口側に移動しておりすれ違って会えず。
友達に出会う
親が先程の友達の携帯に電話
一緒にいるとわかる
→会えた
つまり
東西の区別もつかず、今どこにいるかも分からず
周囲に聞きもせず。
財布も持たずスマホ充電なしで使い物にならない状態でバス停まで送ってもらって高校に行くわけよ。スクールバスで自動的に学校につくのよ。路線バスの乗り方は知らないと断言するわけよ。何度も一緒に乗ったのに忘れたとのたまう大胆さ。
西と東の区別もつかないのに人に聞くことも時計を見ることもしないわけよ。ランチを食べるお金は借りるのにバスで帰るお金は恥ずかしくて借りられないわけよ。
平気でスクールバスを逃すわけよ。
日本の科学技術力が落ちてるのの実務者対応例。
こういう子が、現在の高校生。
帰ってこなければ、誰かにさらわれたかトラブルに巻き込まれているかと心配するが、
結局不注意の積み重ね。
誰も関心なしの自己責任で終わる話だ。
学校の先生も無関心で
どうなっちゃうの。
楽な社会が生んだ現代の若者の歪みだと思う。
特に朝ね、バス停まで
送ると決めれば送ったっていいの。
だけどギリギリになって「送ってー」って言うのは
大人も子供も命の危険があるわけ。
すごく混み合っている朝の通学路だから、
運転の車が通学中の子供に接触しないとも限らない。
車の停車中に後ろの車が追突しないとも限らない。
急いで焦ってアクセルを踏み過ぎないとも限らない。
とにかく急ぎの運転にはリスクがいっぱいだ。
5分早く起き
5分早く出ればいいことに
命をかけることはできないってこと。
by yanosachiko
| 2018-06-25 20:20
| 生活
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